バイク購入までの軌跡6
これまでのあらすじ
本文
とんだ不良バイクを買ってしまった僕。毎回始動するたびに10分以上かかり、一緒に
出かける友人を毎度待たせることなり、何とも微妙なバイク生活が始まりました。ですが、
始動だけに問題があるだけであって、走行はいたって普通です。(加速はダメですが。)
そこから3ヶ月の間、色んな場所に行きました。今まで自転車だけの移動だったので
一気に行動範囲が広まり、やれ都心まで行ったりだの、やれ県外に出てみたりだの、
行き先は様々。一番思い出深いのが和歌山に行こうとしたときで、道中白バイに捕ま
ったり、走行中にいきなりバイクのカウルが外れたりなど・・・、嫌なことほど記憶に焼き
ついているものです(涙)。
時は流れて12月、バイク購入から3ヶ月が経過しました。寒いシーズンになったので
バイクに乗るのに少々腰が引けていたのですが、やはり好きなので毎日乗っていたんです。
手がカジかんでは手袋越しにマフラー(エヌワンはチャンバー)に触れたり、缶コーヒーを
買って手を温めたりなど、一つ一つの動作にバイカーらしさをかみしめておりました。
そんな中、とうとうマンションの住民からクレームがきました。いつかは来るだろうと
思っていてモメごとになりそうな覚悟はしていたのですが、言って来た人が
「すぐにとは言わんけど、近々何とかしてね」
と、物腰が軟らかくモメ事にはならなさそうだったので、ホッとはしましたが、その物腰
の軟らかさに少し恐怖を感じ、早々に何とかせねばと無い知恵を振り絞る毎日となって
しまいました。(とても申し訳なかったと思っています。)
そういうわけで、その日以来どこかバイクを停めれるような場所を探し始めましたが、
どーにもこーにもそんな場所はあらず困り果てていました。四方八方ふさがっている
状況の中、僕の脳はこのような流れで解決策(確証ナシ)を出しました。
「もうこうなったら、自己申告しかあるまい」
↓
「今だったら、自分から正直に言えば許してくれるカモ」
↓
「ナンダカンダで正直に言えば誠意と見なされるカモ」
↓
「間違いない、そうに違いない。よし正直に言おう」
「オロカモノ」とはまさにこの事で、自己正当化以外の何者でもありません。ですが、
いざ言おうと決めていても、なかなか言い出せないのが正直なところ。マンションの人
にはもう少し待ってもらうことにして、親に言うタイミングを見計らっていました。
そうやって自室(2階)で悶々としていたところ、ものすごい勢いで階段を駆け上がる
音が聞こえました。・・・・・母です。普段の表情とは一変して、まるで鬼。その姿を見て
生まれて初めて「戦慄」というものを体感した僕は、冷や汗ダラダラ。まるで、悪いこと
をして怒られる前の気分です。(悪いことをしたんですが。)
母の手には何やら書類のようなものが握られており、その書類は何と、保険の証書。
バイク屋の店員、間違いなく「家には届かんようにするから」と言っていたのに、とんだ
ホラ吹きです。(出来るわけがないんですがねぇ・・・)
その証書を目の前に突きつけられ、母は
「アンタ!これ何やの!?」(ほ、保険の証書です・・・)
と怒鳴る怒鳴る。浮気の証拠を見つけられた時の男ってこんな感じなのかという
状況です。口のうまい人なら何とかごまかせる・・・んでしょうが、僕は元来ビビリで
口下手なので、そんなうまい言い訳なぞできるハズがありません。なので、こう返しました。
この後、こっぴどく叱られたのは言うまでもありません。タイミングが悪すぎです。もはや
許すなどという段階ではあらず、母に「お父さんには内緒にしとくから、バイク売りや。」
と処分命令を出されることになりました。言う事を聞く以外道がないようです。
数日後、友人と買ったバイク屋とは別のお店に行き、泣く泣くバイクを手放すことに
しました。売却額はたった4万円。あの夏休みの苦労はなんだったのかと思わせる
結末です。これでバイクのある高校生ライフはもうおしまい。その翌年からは、高校三年
になるので、受験シーズン真っ只中。バイクどころではなくなるな・・・と自分をなぐさめ、
思い出タップリのNS-1が整備工場の中に入っていくのを見届けるのでした。
<次回で最終回です。>